KIRACO(きらこ)

パトリちゃん、 ぼく しってたよ

2026年1月1日

独断独語独り言

 Cafuné…マリアンネが夢見るロカ岬。「ここに地終わり、 海始まる」そんな、胸を鷲掴みにするような句が刻まれている国のことば。マリアンネの目を覗き込み、その心の中でまだ見ぬ岬に立つと、あのときのパトリちゃんが見える。

 出会うまえから、ぼく、お姉ちゃんをしってた。パトリちゃんはまた帰ってくる。そのときはフロ、よろしくってフェリ姐さんがいったから。姐さんは後ろ髪も尻尾も引っ張られる気がするって、ときどき雲をわたって、川をヒラリと飛び越えてぼくを訪ねてくる。パトリちゃんといっしょに過ごしたときから、エトも一回りしたのね、って感慨深げ。姐さんはもう歳を取らない。向こうにいってしまったときのまま。

 ぼくたちは かぎ分ける。ヒトには二種類ある。献身をもとめる人と献身する人。自分だけを愛する人と、人を愛する人。ぼくにはすぐわかる。だから 初めてうつしみのパトリちゃんにあったとき、すぐスリスリして足踏んづけて、ゴロンしたんだ。撫でさせてあげるために、撫でてもらうために。お姉ちゃん、欲しかったのはCafunéだよね。詩人も歌人も、ひと言で尽くせない気持ち、カフネ。愛しいものの髪を優しく指で梳く仕草。

 気まぐれなフェリ姐さんも、だからお腹を撫でさせてた。姐さんにはわかってた。パトリちゃんは愛したかったんだって。パトリちゃんは「なんでもひとりでできちゃう」。すごいって、意気地なしのマリアンネは羨ましがった。でも「ひとりじゃないとできない」っていうことじゃ、ダメなんだ。それは、ちがうんだ。

 ぼくはときどきマリアンネにヒョーイするから、ぼくが生まれる前のこともしってる。マリアンネは古いニンゲンだから、今、みんながいっつもケータイしてるあのちっちゃなかたくてつめたいものは持ってなかった。ひとりじゃできないことはほかの、あたたかいヒトの力を借りた。やさしい言葉があれば、それでよかった。あの頃はもっともっと身軽で自由だった、ってマリアンネは思ってる。自分の心と頭とあたたかいヒトとコトバを頼りに生きていたって。多すぎるモノも足に絡まるたくさんのケーブルもいつもジューデンの心配させる厄介なわがままなヤツもなかった。ウソかホントかもう誰にもわからない、うるさい囁きも耳にも目にも入ってこなかった。ジューデンすべきは自分の心と頭だけ。今は人工心肺に繋がれてるみたい。ケーブルがないと息の根を止められちゃう。肌身離さずケータイするあの無生物はイノチよりダイジなモノらしい。

 パトリちゃんがぼくにあいにきたとき、ぼくはまだずっと子どもで幼かった。でも疲れ切ったパトリちゃんが心配で駅へ向かう途中、鉄の塊の濁流の石の川まで見送った。そこを渡るのは最果ての西方の川を渡るより危ない。フェリ姐さんは遠いところで、その鉄の塊の流れに呑み込まれた。だから今はぼくがパトリちゃんを護る。

 向こう岸に渡って手を振るパトリちゃんを見たとき、ぼくは確信した。パトリちゃん、きっとダイジョーブ。ここに来て、ぼくの中のフェリ姐さんに再会して、長い辛い道がここでおわったのが見えたから。これから洋々とひらけた海がはじまる。悠然と漕ぎ出せばまたカフネの気持ちを取り戻せる。いまは光る海を漕ぎ渡る姿が見えてるよ。

 ぼくの時間はずっと早く流れてる。いまはもうぼくの方が年上。『ここに地終わり、海始まる』ぼくが領土を明け渡すときがきて、この世界の一番西の果てで全ての川が流れ込む海を渡れば、ぼくは自由にどこにでもいられる。だからパトリちゃん、ダイジョーブ。

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