KIRACO(きらこ)

Vol136「桃」マズかった江戸の桃

2019年5月9日

漢字を楽しむ

「桃」マズかった江戸の桃

 桃の起源は中国の奥地で古くから栽培され、シルクロードを通り、トルコ・ギリシャからヨーロッパ全土へ更にアメリカへと伝わった。
 日本では、出土品から見れば弥生前期からということになる。果実が小さく甘味に乏しく、果肉も果汁も少ないものだった。今のようにおいしい桃を味わえるようになるには、明治八年(一八七五)の中国からの大果系の導入を待たねばならなかった。
 桃の花の美しさは中国最古の詩集『詩経』に「桃の夭夭たる 灼灼たるその華……」と歌われ、現代でも結婚披露宴などでも耳にする。桃源郷という語もある。川を遡っていった漁師が、桃の林の奥に戦乱を避けた人々の平和な世界を見つけたという説話に基づく、俗世を離れた理想郷をいう。
 桃はまた邪気を祓うものとして、『古事記』にイザナミが黄泉の国から逃げ帰ったとき、桃の実を投げることで難を免れた話として知られる。
 『万葉集』には「春の苑くれなゐにほふ桃の花した照る道に出で立つをとめ」と花の美しさを観賞した飛び切り有名な歌はあるが、平安時代になるとあまり聞かない。『源氏物語』には桃の花の用例は見当たらない。『枕草子』にもチラッとあるだけ。下って江戸時代、松尾芭蕉門下の森川許六は、桃は元来卑しい木ぶりで、風流のかけらも感じないとこきおろしている。
 大正時代になって、水蜜桃が出回り始めてから、いい句が作られてきた。
  葉隠れに水蜜桃の臙脂かな  飯田蛇笏
  白桃を洗ふ誕生の子の如く  大野林火
 昔話の桃太郎は、日本ばかりではなく世界のあちらこちら、例えばミャンマーの親指太郎とか、北アメリカ先住民族の神話である南風との戦いとかの話にも、似通ったところがある。