KIRACO(きらこ)

Vol149「藤」左巻きも右巻きも

2021年5月27日

漢字を楽しむ

「藤」左巻きも右巻きも

藤の花は、『万葉集』には「藤波の花は盛りになりにけり奈良の都を思ほすや君」のように藤波と使われて、十数例もある。花房が風に揺られなびく様子を波に見立てたもの。春から夏にかけて詠まれているが、どちらかというと夏である。平安時代になると勅撰集の多くは春のものとしている。

藤の花を愛でる宴は『源氏物語』の「花宴」その他にも見える。『枕草子』には、「藤の花は、しなひ長く、色濃く咲きたる、いとめでたし」と褒めているが、江戸時代の森川許六や松平定信になると、あまり評判がよくない。それでも近代になると、俳句でも短歌でも名作が多い。大津絵から出た藤娘、舞踊もいいし人形も愛らしい。

藤は花ばかりではなく、もともとつるから繊維をとった。繊維をとったのはノダフジで、大阪の野田がこの種の発祥の地だったのでこの名がある。
繊維でまず衣服にした。丈夫ではあるが肌触りが悪いので、次第に麻に取って代わられる。
それでも昭和になっても、畳のヘリとして使われていた。これも化学繊維の普及によって使われなくなった。
時代の変化で言えば、長野県の諏訪大社の御柱祭もノダフジと関係があって、御柱を支えるための綱は伝統的にこの藤づるが使われてきた。
ところが最近は綱に編む技術が途絶えがちであるという。

ノダフジはつるが右巻き、花は下から順に咲く。近縁の別種にヤマフジがある。こちらのつるは左巻き、花は大きく房短く、全体がほとんど同時に咲く。

埼玉県春日部市にある牛島の藤は有名で特別天然記念物でもある。九尺もの花房をつけたといわれ、九尺ノダフジと呼ばれる。室町時代の記録にもあり、樹齢千二百年を超える日本一の老木である。根元の幹周りは九メートル、一株で一万個以上の花房をつける。近くを走る東武野田線は観光PRもかねて、藤の牛島駅と名づけている。