KIRACO(きらこ)

Vol159 幻の講談師「竹村浪の人」

2023年1月12日

一鶴遺産

昨年11月23日、木馬亭で講談会を開催。話芸競演バラエティと題し、講談以外にも、浪曲、漫才など仲間が出演。特別ゲストには、澪つくしや、ラジオ深夜便等でおなじみの元NHKアナウンサー・葛西聖司さんをお迎えし対談を。葛西氏との出会いは、歌舞伎座のロビー。あゆみの箱でご一緒したベテラン歌手、他人船の小野由紀子さんと葛西さんが親しい事を知っていたので、お声掛けをしたのが始まり。退職後も、古典芸能解説者として大忙しの葛西さんを支える話術の原点と、放送の苦心談、各界一流の人々との逸話の数々を伺うと、大河ドラマ「独眼竜政宗」の名ナレーション、ラジオ中継を担当した紅白の裏話まで飛び出し、お客様も大喜び。当日は、京都の仕事を終えて駆けつけてくれた葛西先生。京都土産や、後日には、著書もお贈り下さるなど、細やかな気づかいに恐縮した。

会の前日、東京新聞に告知も兼ねて私の記事が掲載。書いて下さったのは、小形佳奈したまち支局長。10月に、浅草のイベントで、観音裏の見番に出演。取材にいらしていたのが小形さんで、支局に送った講談会の葉書に興味を持って頂いた。支局に伺ったのは久しぶり。下町の名物記者、故丹治早智子記者が、真打昇進時なども大きく取り上げてくれた。名古屋生まれの為、系列の中日新聞など、何度も掲載。他の新聞社でも多くの記者と出会ったが、皆、個性が強く、いずれ本誌で、記者銘々伝でも書きたいほど。話しているうちに小形さんが、十年前、はとバス怪談ツアーに乗車した私を取材した事を、思い出してくれた。風貌と、二ッ目時代の名前が、今とは大きく異なっていたからだと思うが、ご縁があったのだ。一時間半ほど話をしたが、私の言いたかった事を、余すこと無く的確にまとめられた文章に感激。小形さん撮影の私の写真も、我ながら良い写真写り。私のお気に入りの記事となった。

見番のイベントで久しぶりにご一緒したのが、橘家竹蔵師匠。楽屋でお話
すると、「竹村浪の人」の録音をお持ちという。浪の人(なみのひと)先生は、信州飯田の郷土講談師で、飯田生まれの竹蔵師匠は、子供の頃に浪の人の講談を聞き話芸を志した。落語家になってからも、何かと応援してくれたそうだ。実は浪の人は、大師匠・十二代目田辺南鶴の門弟として本牧亭の高座にも上がった、我が田辺派ゆかりの人。亡き師匠・一鶴からも話は聞いていたが、音声を聞いたことは無かった。早速、竹蔵師匠のご自宅へ。葛飾区奥戸は、私の住まう平井とは目と鼻の先で、平井在住の亡き圓蔵師匠のお宅には、すぐに駆けつける事が出来たそうだ。書斎にお邪魔すると、前座時代から収集したという貴重な演芸関係の書籍や音源がズラリ。竹蔵師匠の、芸に対する真摯な姿勢が垣間見えた。浪の人師の録音盤を聞くと、飯田の歴史を題材に、講談らしい堅さの中に、人間味ある面白さも加わった芸で秀逸。また、「観光の飯田」「浪の人通信」という、師が自身で執筆していた大量のパンフレットをお借りし、読むと、郷土愛にあふれ、内容の深さに脱帽した。その中に、「水晶」という浪の人原作の浪曲台本が掲載されていて、初代甲府市長となった人物の出世譚で面白い。いずれ講談化してみようと思う。この他、地元の歴史を丹念に取材し、何冊も講談本を出版。晩年は、飯田の名士となっていた事がわかった。没後、飯田の図書館には、師の蔵書から成る「浪の人文庫」や、顕彰碑まで建立されているという。石碑が建つ講談師などめったにいない。甲府や飯田辺り、浪の人先生の足跡をたどってみたい。

藤原書店から今月発売予定の「別冊・環」という雑誌は、後藤新平特集号。コラム執筆の依頼があり、「沼津と後藤新平」をテーマにした。新平が岩手県一関出身の佐々木次郎三郎を、静岡県沼津の駿東病院長に推薦。次郎三郎と新平の沼津での交流や、明治以降の沼津の医療史にも触れた。コラムではあるが、最先端の論文や、識者の座談会が載るような雑誌ゆえ、いい加減な物は書けない。大量の参考文献を収集したのは勿論だが、現地にも足を運んだ。

一関は、藩政時代から学問が盛んで、名医・建部清庵を輩出。次郎三郎は清庵の屋敷で育つなど関わりが多い。地元で清庵の顕彰活動をする「清庵の里」事務局長の小川四郎さんは、いきなり電話をしてきた見ず知らずの講談師を、次郎三郎のお墓や、市内各地の清庵関連史跡など二日掛けて案内下さった。

沼津市内は、私の大学の同期で市役所勤務の渡邊大輔君が、あちこち手配してくれた。郷土史研究の「沼津史談会」匂坂信吾会長は渡邊君の役所の大先輩。会長は初対面の私を快く、駿東病院跡や、分骨された次郎三郎の墓などへお連れ下さり、「一関の墓と、両方訪れたのは鶴遊さんくらいですよ」と一言。丁寧な取材の記者さんや、浪の人先生の講談作りに学ぶところは大きい。

 

==============================================田辺鶴遊(たなべかくゆう)
名古屋生まれ静岡育ちの講談師。江戸川区平井在住。2歳から芸能活動。8歳で田辺一鶴に師事。東海大卒業後、前座となり芸名「田辺駿之介」。師匠没後は宝井琴梅門下で、「宝井駿之介」。平成27年真打昇進し「田辺鶴遊」を襲名。芸能人の募金活動「あゆみの箱」元常務理事。「後藤新平」「江原素六」等の創作講談の他、「徳川家康」「蜀山人」等古典も多数。日テレ・エブリー特集のナレーションも好評。
<出演予定>問い合わせは・・03-3681-9976(みのるプロ)
◎「新年講談協会興行」1月3日13時〜日本橋亭、1月24日13時〜上野広小路亭
◎1月14・15日、岩手県北上市「きたかみ本牧亭」出演・柳家三語楼、鶴遊
◎1月23日14時〜江戸川区・宝来湯「東京ニューヨーク寄席」入場無料。
◎2月17日18時半〜両国亭「貞橘・春陽・鶴遊の会」