KIRACO(きらこ)

vol162 最年少で最古参?

2023年7月13日

一鶴遺産

建て替えで一時閉館となる国立演芸場で開催の「大演芸まつり」に二日間出演。5月1日は講談協会の日で、大河にあやかり家康関連の演題が並ぶ。私は新作の、「家康の洋時計」を初演。御宿町岩和田の海岸に漂着したスペイン領メキシコの難破船乗組員一行を、村人が献身的に救助。お礼としてスペイン国王から大御所家康に贈られた洋時計は、静岡市の久能山東照宮に現存。度々この連載でも書いたが、久能山は、私の出身中学の学区内にあり、家康公の供養祭で講談を伺うなどご縁がある。その東照宮の落合偉洲名誉宮司に、石田義弘御宿町長をご紹介頂いた。女房が船橋出身の浪曲師、東家一太郎さんが車を出してくれて、町長のご案内で、漂着した海岸、メキシコ公園、岩瀬酒造(岩瀬能和社長)等々ゆかりの場所を訪問。この日の様子は、4月29日の朝日新聞千葉版朝刊に「見てきた上でうその方が現実味」と七段抜きで大きく掲載された。口演当日は、静岡から落合宮司も駆けつけて下さるなど大入りだったが、出演者が多く持ち時間は二十分と短かった。昭和30年発生の盗難事件で、「時計をかえして」と新聞紙面で呼びかけた小学生と犯人との心の交流など、洋時計にまつわる逸話はいずれも興味深い。長編に仕上げて、静岡や御宿でも口演をしてみたい。

5月3日は日本司会芸能協会の公演。出番は冒頭、「司会者と協会の歴史を講談で綴って貰いたい」と、船橋在住で、森昌子の最後の専属司会者、牧野尚之副会長からのご依頼。協会は、いわゆる歌謡ショウの司会者が中心の団体で昭和61年発足。浅草・木馬亭で東京初舞台の公演中だった七歳の私は、父親に連れられ隣の喫茶店へ。協会立ち上げに向けての会合で、初代会長の坂野比呂志師から親子での入会が認められた。坂野師は大道芸漫談で芸術祭大賞を受賞し、戦前から司会・漫才・漫談など浅草を拠点に活躍。名古屋の百貨店で催しの際、親子で楽屋を訪ねて以来知遇を得ていた。三十七年の時を経ていまだに最年少会員だが、発足当初の事を知る者はもう無く、最古参になってしまった。昭和初期の映画トーキー化をきっかけに登場した実演司会者の歴史を紐解けば、漫談、活弁、講談との関わりにまで行き着くから面白い。芸種は違えども芸道は一本道、「あらゆる芸の根本は声」という四代会長・玉置宏師の言葉を思い出す。今回読み直した、協会広報誌に載る二代会長・北条龍美師のエッセイの中に、かつて浦安に存在した演芸場、浦安亭での出来事と思われる記述を見つけた。浦安亭といえば、亡き師匠の一鶴が少年時代、講談と出会った寄席。戦後間もなく、岡晴夫の専属司会として浦安の舞台に立った北条青年は、漁師町の荒っぽい客から柿を投げつけられ、新調した白のスーツを汚してしまう。泣きたいのを堪え、持ち時間いっぱいまで舞台に出続けた北条を岡は励ましてくれた。同様に客の仕打ちに耐え、高座を務めた漫才が青空トップ・ライト。「北条、あいつらは天下を取るよ」と言う岡の言葉通り、後に一世を風靡したのが、司会者協会名誉顧問、コロムビア・トップ師の若き日の姿だったという。後年、春日八郎ショウの名司会者と謳われた北条師は、晩年、静岡市内にお住まいだった。実家に何度か電話を頂いた事もあったが、大学時代、進路に迷いのあった私は、北条先生のお宅にお邪魔することは無かった。北条先生は、何かを伝えて下さろうとしていたのかもしれない。今ならば、押しかけてでも貴重な芸談をお聞かせ願うところだが、この件は、芸能人生の中でも、大きな悔いとして残っている。

6月28日、長野県諏訪市の有名店「鰻の小林」にて久々の講談会。小林時男社長には、二ッ目時代からお世話になっている。小石川高校(府立五中)の初代校長を務めた情熱の教育者・伊藤長七の一席。お店のある旧四賀村地区生まれの長七は、画一的な教育に異を唱え生徒の自主性を尊重。自らも、当時としては珍しい海外視察も重ね学校教育に活かし、後藤新平とともに軽井沢夏期大学などの、社会教育の分野にも成果を残した。藤原書店の後藤新平研究会でご一緒の春山明哲先生は、偶然にも、長七の関わる諏訪清陵高校出身で、長七研究の集まりを主導。活動は休止状態だが、雑誌記事など、長七関連の資料を所蔵されているとお聞きし八千代市のご自宅まで。再び、浪曲の一太郎君に車を出してもらい、大量の資料をお借りした。帰路、車を止めて晩ご飯を。歩いていると、ふと目に留まったのが「常翔印刷」という看板。「おや?」と思い近づくと、新築の一軒家のような佇まい。ドアを叩くと、なんとここが「きらこ」の制作室。「鶴遊です。」いつもメールでのみやりとりをする浅野さん、阿部さんにご挨拶。比較的お若いスタッフの方ばかりとお見受けし、清潔感あるオフィスを拝見。「きらこの将来は安泰だな」と、一人で安心。これも嬉しい偶然だった。


田辺鶴遊(たなべかくゆう)
名古屋生まれ静岡育ちの講談師。2歳から芸能活動。8歳で田辺一鶴に師事。東海大院中退後、前座修業の為に上京。師匠の住む江戸川区平井に転居。師匠没後は宝井琴梅門下。平成27年、真打昇進し田辺鶴遊を襲名。日テレ、エブリー特集のナレーションが好評。朝日新聞千葉版の読者投稿欄「千葉笑い」選者。5月1日には、千葉県御宿ゆかりの講談「家康の洋時計」を国立演芸場で口演するなど、新作から古典まで演目多数。静岡と東京で月に一度の講談教室を主宰。日時など詳細は下記まで。

<出演予定>問い合わせは・・03-3681-9976(みのるプロ)
◎7月1日~4日、名古屋「大須演芸場定席」1日3日は主任・鶴遊。三千円、昼二部制。
◎7月15日、タワーホール船堀「江戸川区在住芸人大集合」さん八・談幸・菊太楼他。
◎7月21日昼、小岩・みどり湯「東京ニューヨーク寄席」、入場無料(お風呂も)。
◎7月27日13時~「上野広小路亭講談会」主任・鶴遊「星野勘左衛門」2500円。