忘却とは忘れ去ることなり。……と始まると女湯が空になったという伝説が生まれた。内風呂が増え、銭湯が消えてゆくにつれて、こうした話も忘れられてゆくのかもしれない。私も忘れないうちにつけたしをしておこう。昭和二十七年四月から始まったこのラジオドラマ、菊田一夫原作では「君ひとりの為に」だったのを、直前に「君の名は」に変えた。サトウ・ハチロー氏の提案だった。
そうそう、忘と言えば忘年会。一年を省みればいろいろなことがある。互いに一年の苦労を忘れ、無病息災を祝うため、親戚や友人を集めて宴を張ることをいった。会社などのグループ
での忘年会は新しい形である。本来は先祖の霊を祀るものだったろう。「年忘」は室町時代から見られる言葉のようである。
姥ふえてしかも美女なし年忘 其角
マア!と柳眉を逆立てなさるな。榎本其角の周りだけの光景だった、はず。
独身や上野歩行てとし忘 一茶
木枯らしに背中丸めて、道端の石ころでも蹴飛ばしながら歩いたことだろうか。
若き人に交じりて嬉し年忘 高井几董
年忘れ最も老を忘れけり 富安風生
だから忘年会のはしごもしたくなる。
忘の字は心+亡で、音符の亡はなくなるの意味。心の中から記憶がなくなる、わすれるの意味を表す。亡と心を組み合わせた字に、忙もある。落ちついた心がない、いそがしいの意味を表す。略・峰のように畧・峯としても同じのもあるが、忘・忙は違う。
茗荷を食べると忘れっぽくなるという俗説がある。釈迦の弟子、周梨槃特は熱心に修行する人のよい人物だったが、物忘れがひどく、自分の名さえ忘れるほど。彼の死後、墓から見知ら
ぬ草が生えたので、村人がこう名づけたとか。
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