酉年の一年は、年賀状から始まりさまざまな小物に至るまで、鶏が大いに羽ばたき闊歩する。絵になるのは一般に雄鶏のほうである。人間以外はたいていオスの方が美しいようだ。いや美しさの基準は人それぞれ、動物それぞれの判断に任せよう。
鶏が家畜として飼われるようになった理由の一つに、鳴き声が時を告げるということが挙げられよう。古代人が時を知るたった一つの方法が鶏の鳴き声だった。鶏の一声は夜と昼との区切りだった。夜は闇が覆いつくし、魑魅魍魎が跋扈する恐ろしい世界で、それらの邪気を祓い、陽光を招いて万物がよみがえる朝を迎えられるのは、じつに鶏の一声あればこそであった。
天の岩戸の神話では、天照大神がスサノオの乱暴を怒り、岩屋戸に身を隠された。世は常闇となり、悪い出来事が至るところで起こった。そこで多くの神々は天の安河のほとりで相談し、まず長鳴き鳥を集めて鳴かせた、と『古事記』にはある。長鳴き鳥とは鶏をいう。
弥生時代に鶏はいたのだろうか。この時代の遺物で動物の絵が描かれている物といえば銅鐸である。シカ・イノシシ・サル・イヌなどの動物、サギまたはツルと水禽類、ヘビにカメやカエルの爬は虫類、虫の仲間はトンボ・クモ・カマキリ、甲殻類のカニといったところはあるが、肝心のニワトリの姿は見出せない。家畜として飼われていたかどうか、分からない。
戦後すぐのこと、占領軍の兵士何人かが、東北のある農家の庭先に入り込み、鶏を追いかけ始めた。家の中から出てきたお婆さんが、マイヘン!マイヘン!(そんなことしてはだめだよ)と叫んだ。こんな田舎でも英語の分かる教養人がいる!そう思った彼らはすぐに立ち去ったという。
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