Vol143「拝」拝むにも作法が

「拝」拝むにも作法が

拝啓 よい気候になって参りました。それなのに、最初から少々愚痴を申し上げますことをお許しください。

じつは、拝啓と書き出したつもりなのでしょうが、拝の字になっていない手紙が多いのです。どういうことかと申しますと、拝の右側の横線が一本不足なのです、ハイ。昔は拜と書いておりましたので、手と手を合わせる、その合わせる印が線一本になってついている、と教わったような記憶があります。それはどうも正しくはなかったようです。しかし正しく書けるように教えてくださったのですから、それはそれでよかったと思っています、ハイ。

拝・拜は手+ 枝の茂った木の象形で、邪悪を取り除くために、玉ぐしを手にしているの意を表すと『広漢和辞典』は説明します。一本の茎に花が咲いている形で、それをかがんで手で抜き取る形が拝で、草花を抜くの意味になる。その草花を抜き取る姿勢が頭を下げて礼をする、拝む姿勢に似ているので、おがむの意味になるとするのが『常用字解』の説明です。ここでは二つだけ字源説を取り上げましたが、まだ外にもいろいろあるようです。

最近気になる言葉があります。「拝見(拝聴)させていただきます」など「拝~させていただく」という表現。拝見は見ること(拝聴は聴くこと)をへりくだっていう語、謹んで見る(聴く)ことですから、その上にさせていただく必要はないのです。

神社やお寺で見かける光景にしても、一心に拝む、それはそれでよいのですが、その作法がちょっと気になります。神社の場合は、通常二礼二拍手一拝、でしたね。

拝啓と書き始めたら、文末はふつう敬具で結ぶ。草々などとしたら、改まった挨拶をしておきながら、じゃあね、バイバイと軽い調子で帰ってしまう感じです。

                                       敬具