先にも書いたように、季候とは四季七十二候から出た言葉であり、四季はいうまでもなく春夏秋冬である。
季の字は禾+子。禾は穂先が垂れた稲の形、穀物の象形である。穀物の霊が形をとったものとして舞う年少者のさまから、若い・末の子の意味を表す、といわれる。それなら、似通った文字の委の字の成り立ちも同じかと見れば、こちらはなよやかな女性の意味から転じて、素直に従う・ゆだねるの意味を表すものであった。
季はすえ、末っ子の意味。兄弟姉妹のうち最年少の者。出生の順序を伯・仲・叔・季で表す。実力伯仲(優劣を定めがたい)、伯父伯母(父母の兄弟)、叔父叔母(父母の弟妹)などの使い方もここからきている。
また四季に分けた三か月のそれぞれに、孟・仲・季を順にあて、最後の月を季夏・季秋という使い方もする。
季がいちばん重要視されるのは俳句の世界だろうか。季節を表す言葉、季語(季題)が大きな意味を持つ。例えば、彼岸・遍路は春、清し みず 水・凉しは夏、さわやか・渡り鳥は秋、そして小春・木の葉は冬の季語である。ここに例示したのはその季の代表ではないが、季語は日本文学の長い歴史の中で次第に成熟して、日本の風土と感情の特徴をよく表している。単に彼岸といえば春の彼岸をいい、秋彼岸というのと区別するし、遍路が春の季語となったのは大正時代から、ともに約束事である。
俳句を作らなくても、俳句歳時記といった本をそろえておくと何かと便利である。カラー写真入りであれば、なお好都合である。日本はその総面積のわりに南北に長く、沖縄から北海道までを見ると、広大な面積を誇る中国やアメリカと緯度の上ではほどんと同じ広がりを持つ、その季節変化の良さも見つけられるはずである。