「飼う」という文字をしみじみ眺める。「食」を「司る」。なるほど、食は命なり。時々覗く動画に仔猫の成長記録がある。なかなか贅沢な生活で、専用の部屋、猫のために車を購入、食事の量は厳密に計量、ドライフードの一粒二粒も体重に影響するという。これが大事にされているということならば、我が家のフロッキー、誠に粗略に扱われているということだろうか。

ザクセン州はエルツ山地の村フォイグトでは待降節の第一日曜日に『猫量り』という祭事が行われる市の立つ広場で、まぁまぁそれなりに真剣に行われる儀式である。シルクハットに正装した委員会のメンバーが歴史ある骨董品の秤を用いて行う。夏場に比べて2割り増しの体重であれば平均的な冬。それ以上であれば長く厳しい冬となる。厳重な冬支度を、というところ。猫と自然の摂理による気象予報である。

越後塩沢の鈴木牧之の手になる北越雪譜。彼も自然を探究した人物だ。所縁の町並みを訪れたとき、蟷螂が産み付ける卵の位置で積雪量を予測するという「柱の傷」を見た。自然の中で生きるもの皆、生存の術を知っているのだろう、現代人以外は…。

我が家の猫の成長と健康管理に時折体重を量る。抱いての計量なので不本意ながらついでに我が身もチェック。フロッキーは家猫最重と言われる種で、成長に平均５年かかると言われる。最大ではないところがポイントで筋肉の発達した大型種である。妙な言葉だと思うが筋肉痛を独語で「ムスケル・カーター」という。直訳で「筋肉＋雄猫」。二日酔いは「雄猫を持つ」。春の雄猫の唸り咆哮が神経や痛みに障るということなのか、謎。彼が爪研ぎタワーを全力で攻撃しているときには「凄い凄い！ムスケル・カーター！よっ筋肉マン！」と拍手喝采で褒め称える。猫もおだてりゃ奮闘努力。こちらをチラ見して
愈々熱心に筋トレに励む。2年ほど前まで夏場5㎏の体重が冬場には謀ったように6㎏に。まさに2割増し。分厚い冬毛を備えるだけでも栄養は要る。去年5歳になり夏には5.3 ㎏、秋冬は6.3㎏前後。ここ数年の暖冬を予測していたことになる。

彼は夕刻18時半頃には夜回りに出かける。その際、空腹、喉の渇きを尋ねるが、扉の前で取っ手を凝視する姿勢を見せれば「充分足りておる、早う開けんか」という意思表示だ。喉に首輪をはめ、お弁当を持ってお出ましになる。首輪には二重の意味があり、一つは「猫に鈴」。小鳥への警戒警報である。狩人が来る、早く逃げてね、と。彼は広大な縄張りを持つようだ。仔猫の時代から先ずは庭の隅々まで探検させ、通りかかるご近所にも謁見を許した。何かあったらよろしく、と覚えて戴くために。私たちが長時間留守する際には娘や息子に一報し帰宅時にまた報告。万一の場合、稀に猫が日中外出中であれば、逞しく生き延びてくれ、と願いながらも寧ろ安心なのだ。ネズミでも狩り生き延びよう。近所でも愛され「外食」もしている様子。が、在宅就寝中であれば、誰にも知られず室内に閉じ込められたま
まの不幸が最大の懸念である。

フロッキーは「ドーナツ」以外ドライフードに関しては選り好みしない。ドーナツとは「あらかた食して餌鉢の底が丸く空き穴に見える状況」をいう我が家の造語。フロッキーが悲しげにドーナツを凝視めていると平謝りする。基本、山盛りが常である。成長過程では「制限」ではなくどれだけ食べたか、食べたがるのか、の目安に計量した。しかし時折の「猫量り」からフロッキーは自分の必要摂取量を弁え過食することはないと判断した。彼はプロの狩人だ。夜の闇の中には手強い敵もいるはず。鼬は中でも凶暴な生き物だ。狐も侮れない。肥満体でも活力不足でも一晩たりとも生存に関わるだろう。そんな夜の世界を生きるフロッキーの「食」を無知な人間が「司る」とは烏滸がましい限りと思う。勿論爪も切ったことはない。闘うにしても逃走するにしても武器を取り上げては命に関わる。平和を愛する彼は身内に、家具に、爪を立てたことは一度もない。

ロシアのウクライナ侵攻も一ヶ月を過ぎ和平交渉は難航している。ドイツは深刻なエネルギーと基本食糧の危機に脅かされている。天然ガス、小麦、食用油、肥料等の供給の大半はロシアに依存する。スーパーの当該の棚は空のままだ。経済大国と工業に偏り食を疎かにすると息の根を止められる。飼われている…という言葉が脳裏を過る昨今である。

フロッキーは「飼われている」などと思ったことはないだろう。出かける彼を見送る時には武運長久を心から祈り、無事の帰還を念ずる。けれど彼の「猫本来の在り方」を留立てするつもりはない。百万回生き死にを繰り返さずとも、一回限りの生を全うして欲しい。

独立独歩唯我独尊、

如何にも彼は、猫である。

註:「猫量り」に興味のある方は左記の項目で検索くださいませ。
Voigtsdorfer Katzenwiegen

待降節:アドヴェント=クリスマス前の4回の日曜日を含む期間。