KIRACO(きらこ)

vol160 講談の卵

2023年3月9日

一鶴遺産

前座時代は、浅草ROXまつり湯の歌謡ショウの司会で食いつないだ。定期的に出演していたのが、京都の歌手、亜紀ひとみさんだった。膠原病を患い、長年、闘病しながらの歌手活動で、楽屋での苦しそうな表情も目にしたが、ステージではいつも笑顔だった。京都での亜紀さんのショウには、司会と講談で呼んでもらったりと、可愛がって頂いた。当時、亜紀さんの付き人をしていたのが、清水隆司さん。本業は函七という名の指物師で現代の名工。私が二ッ目昇進の際には、自作の講釈台をプレゼントして下さった。昨秋、清水さんが叙勲を受けたという記事を目にして、まだ亜紀さんのお墓参りをしていなかった事を思い出した。12月半ばの京都へ。清水さんから教わった上京区のお墓には、歌室美雲定禅尼という戒名が。没後十年も経ってからの墓参をお詫びして、両の手を合わせた。

この後、京都府立医科大学付属病院の前まで。ここでは、後藤新平が亡くなった。向かいの梨木神社には、池田宏奉納の石碑。池田は、後藤の部下で、京都府知事も務めた日本都市計画の父。出生地は、私が毎月講談教室を開く、静岡市・宝台院境内と知り驚いた。

私が口演する赤穂義士伝「二度目の清書」は京都山科、大石内蔵助が妻との離縁場から始まる。京阪バスで山科まで。山科には、浪士ゆかりの史跡が点在。大石邸跡の岩屋寺には、内藏助使用の道具類が残る。本堂を案内下さったご婦人の話術に感激。色っぽい話で参加者をイジリながらの解説が絶品。木馬亭でよくご一緒した、故五月一郎先生の色紙もあり、かつては演芸会も行われていたようだが、このご婦人の漫談は、思わぬお土産となった。ここから、内藏助が夜毎通ったという、伏見の橦木町へも足を伸ばした。狭い路地が、遊郭だった往時を偲ばせる。国宝・三十三間堂には修学旅行以来。中学時代は気にもとめなかったのが、本堂外縁の射場。講談「誉れの通し矢」の舞台で、尾張藩士の星野勘左衛門は八千本の矢を通したというが、その尋常ならざる腕前を実感し、京都を後に。

名古屋で下車をして真っ先に訪ねたのが、新幹線高架下にあるブックショップ「マイタウン」。郷土史関係の書籍を扱う出版社で、講談の題材でもある薩摩義士や、生まれ故郷の名古屋への興味で、以前から気になっていた。店舗では古書も販売し、郷土史家でもある、舟橋武志先生とお嬢様が切り盛りをしている。今後、講談にしたい青松葉事件の関連書など数冊を購入。子供の頃、地元紙・名古屋タイムズには何度も掲載されたが、舟橋先生も、かつて名タイにいらした。先生が同紙に連載した「将軍毒殺」は、明治の講談本に残る「尾張騒動」と同じ題材。先生の著書を参考に、近いうちに高座に掛けてみよう。

西尾市吉良町へ。吉良上野介の他、私も過去に口演した、次郎長伝「荒神山」の吉良の仁吉や、尾崎士郎先生の出身地。地元では名君の吉良様が築いた黄金堤に、仁吉の墓、町内そこかしこを貸し自転車で巡った。華蔵寺(黒柳佳彦住職)は吉良家の菩提寺。住職が本堂に招き入れて下さり、「どちらから?」「実は私、吉良様を目の敵にしていた講談師で、申し訳ありません」と思わず謝罪をすると、笑ってお茶を煎れて下さったばかりか、吉良町の観光マップまで持たせて見送って下さった。これには、勝手ながら全ての講釈師を代表して、救われた気持ちになった。いただいた地図に目を凝らすと、なんと「星野勘左衛門誕生地」の文字が。一時間程自転車を漕いでたどり着いた町の東端、家々の表札は星野ばかりという、まさに星野家の里。ここには、吉良家の忠臣、清水一学のお墓もあった。数々の英雄を輩出してきた吉良町。いつか講談を聞いて頂く機会が出来れば嬉しい。

翌日、名古屋市平和公園へ。星野勘左衛門の墓があると聞き足を運ぶ。他に、平岩親吉、次郎長の妻・初代お蝶、徳川宗春、房総で活躍した大原幽学や、伊藤圭介等、著名人の墓が集結。これは、戦後、名古屋中心部復興の為、墓地を集めた事によるが、これは、後藤・池田の内務省の後輩で、名古屋市助役の田淵寿郎の政策。田淵の墓は、一般市民と同じ大きさで目立たないが、赤穂浪士・片岡源五右衛門の並びに。星野勘左衛門はもとより、いずれ新作講談で、田淵寿郎・大原幽学・伊藤圭介などに取り組んでみたいと思っている。

元ザ・ハプニングスフォー、トランザムのメンバーで作曲家のチト河内先生は平井在住のご近所。2月23日、「チト河内一代記」をチトさんの80歳記念ライブで読む。3月は上野広小路亭のトリで、「江川太郎左衛門」を創作発表。5月、国立演芸場の講談まつりの家康特集では、「家康の洋時計」を初演。取材の為、御宿町に伺う予定。たまご料理が大好きな私。さて今年は、温めている講談の卵が、いくつ殻を破ることになるだろうか。(2月8日記す)

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田辺鶴遊(たなべかくゆう)
江戸川区平井在住の講談師。名古屋生まれの静岡育ち。2歳から芸能活動。8歳で田辺一鶴に師事。東海大学大学院中退後、講談協会にて前座修業。平成21年、師匠没後に宝井琴梅門下へ。同27年、真打昇進し、田辺鶴遊を襲名。朝日新聞千葉版の笑文芸欄「千葉笑い」選者。日テレ「ニュースエブリー」特集のナレーションが好評。演目は、ライフワークの創作講談「後藤新平伝」の他、「赤穂義士伝」「薩摩義士伝」「豊竹呂昇」「徳川家康」「清水次郎長」「江原素六」等、古典から新作まで多数。

<出演予定>問い合わせは・・03-3681-9976(みのるプロ)
◎3月23日13時〜上野広小路亭「講談定席」主任・鶴遊「江川太郎左衛門」
◎4月18日18時〜日本橋亭「講談夜席」主任・鶴遊「新島襄」
◎5月1日昼、国立演芸場「講談まつり」鶴遊演題「家康の洋時計」
◎5月3日昼、国立演芸場「司会者が主役」鶴遊演題「玉置宏と司会者の歴史」
◎藤原書店「別冊 環」後藤新平特集号、鶴遊がコラムを執筆。近々発売予定。