KIRACO(きらこ)

 数日前、朝日新聞の夕刊に載っていた「杖」に纏わるお話に、思わず拍手をしてしまった私でした。

 只今九十四歳。十数年前、痛めた足が未だに災いして、スイスイとは歩けないのです。

 最近は杖をついて外出することが多くなってきました。

 でも使い慣れてないせいか、つい杖の取っ手に体重を掛けてしまい、みっともない前こごみの《猫背》になってしまうのです。

 杖をついていても姿勢がいい人もいて、よくよく観察すると、杖そのものに頼っていない。あくまでも《補助》として…そんな感じです。 で、夕刊に出ていた杖というのは、普通の真っ直ぐな杖でなく「くの字の杖」…つまり杖の中ほどが《くの字》に折れ曲がっているという風変わりなものでした。

 これだと杖に体重をかけられないので、あくまでも自力で移動しなければならない。

 つまり握った杖のグリップは軽くにぎったまま、足先より前方にある杖の先端を前に少しずつ移動する、そんな感じでしょうか。

 《くの字杖》を考案したその人は、山登りをしていて、杖代わりにその辺に落ちていた枯れ木を使ったのだそうです。で、たまたまそれがくの字に曲がっていた。

 ところがこれが普通の真っ直ぐなものより遥かに使い勝手がよいのに驚いたのだそうで、それが発端で本気で製造に着手、売れ行きもナカナカといいます。

 こうしたほんの些細なキッカケから、人間は次々と便利なものを追い求め、今日まで進化を続けて来たのでしょう。

 思えば私達高齢者、子供の頃には無くて、今は手放せない日用品や家電など数え上げたらキリがありません。

 例えばテレビ!です。

 私が若い頃までまだテレビは無かったし電子レンジも冷蔵庫も一般家庭にはありませんでした。「うち、昨日電気冷蔵庫買ったのよ」「うわァ羨ましい!」そんな会話が主婦達の間でよく交されていたものです。 この私が約百年生きてる間に得たこれらの多くの進化。

 人類発祥から今日までの膨大な歳月を思うと感無量って感じです。

 それも《くの字の杖》のように、ふとした瞬間にひらめいたことが実現したり、長年取り組んで考え続け、ようやく製品化に漕ぎ付けるものも…

 でも世の中にはとんでもない発明好きなマニアもいて、その熱中ぶりは驚くばかりだそうで。

 《発明協会》というのも日本国中数知れずとか。

 その中でも私の知人のおじさまは、なんと《知恵の輪造り》の達人。

 勿論テレビにも幾度となく取り上げられ、知的な玩具として、絶賛の的なのです。

 とても外せそうにないリング…かと思うと、宴会の席上で、マジシャンみたいに人の上着のボタンホールにかわいい小さな棒っ切れをくっつけて知らんふり。で、どんなに頑張ってもその人はそれが取れない。ところがおじさまがちょちょっと手を加えるとスンナリ、なのです。

 私が余りにも絶賛するものですから、その小道具のかわいい棒を三本も下さいました。

 今でも大事にとってありますが、残念ながらどうやって上着のボタンホールにそれをつけられるのかさえ、未だに分からないという情けなさ。

 こうした発明好きのおじ様って実にユーモラスで、おおらかでしかも知的で、なかなかのインテリでいらっしゃる。

 そういえばNHKの大河ドラマに出てくるあの発明家の《平賀源内さん》、あの人もそんな感じですよね。

 それまで灯油を使ってランプに灯をともし、薄暗い生活にずっと甘んじていた当時の人々…。

 でも考えてみると源内さんが誕生したのは一七三〇年頃、といいますから丁度私が産まれる二百年前。

 たった二百年の間に世の中こうまで進化したのですから、驚きです。まさに《人智は果て無し》。

 この先どこまで変化していくのでしょうか?

 ところで皆さんにとって最近台頭した世の中の大進化なるものは、一体何でしょうか?

 そう、絶対アレですよねえ。あれ、《AI!》そう、

 これを気味悪がったり、怖い!と考えてる貴方、この先百歳まで生きて、「昔の人ってAI君に振り回されてたらしいですね」などと揶揄われる事必定です。「くの字の杖」の話題から色々発展してしまいましたが、人間、快適に便利に暮らせるって、やはり最高に幸せな事ですよね。

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