文字の四隅に口がある。珍しい格好をした字で他には、大勢が口々にやかましく騒ぎ立てる様子の、喧喧々囂々(けんけんごうごう)の囂(ごう)くらいしか見当たらない。
この変てこな文字の器、口四つは祭器をならべた形にかたどったもの、あるいは多くの祭器、そして真ん中にある大を昔は犬と書いた。その犬はいけにえ用の意味。祭りに使う器の意味から、一般にうつわの意味を表す。犬が消えて、本来の意味と違った、残像だけが残る大の字が今は使われているというわけ。
器は、花器・食器・器具というときは入れ物の意。器械・計器・武器が道具の意。呼吸器・受話器・器量は器官・働きの意味。
同じ発音をして意味が違う、同音異義語がある。機械と器械、機具と器具。一般的には規模の大きい物が機械・機具。他方器は医療器械・光学器械などと、規模の小さいものをいうことが多い。電気・電器・電機は、エネルギーが電気、電気器具の略で電器。電力を使って運転する機械が電機。
器量という言葉もよく使われる。器は才能のあること、量は心の大きさで、①ものの役に立つ才能 ②女性の顔立ち ③男性の面目、というような使い方をする。
中国の古典『論語』には、「君子は器(き)ならず」とある。理想的人間像はあらゆる変化に対応して最善の処置を常にとり得る人、の意。
昔から器を名に持った動物もいる。ゴキブリで、その名は御器かぶりの変化したものといわれる(かぶり=かじる)。古生代石炭紀という、とんでもなく古い時代から生息する昆虫で、世界には三千五百種、日本には五十種余りもいる。江戸時代に書かれたものを見ると、当時それほどゴキブリは嫌われていなかったようである。ヨーロッパや日本でも幸運の印としたところもあるが、一般には不快害虫の代表格とされる。