名古屋・大須演芸場に矢崎通也支配人のお声掛けで、6月4日~7日まで三年ぶりに出演。亡き師匠の一鶴はかつて毎年初席に出ており、席亭とロビーで将棋を指すのが恒例だった。三年前の出演時、共演者がコロナに。定席は一日二回公演だが、自分のトリの出番に加え、急遽その方の代演も頼まれ、一日四回高座を務める貴重な経験をした。今回の私はいわゆる仲トリ。出番の後はすぐに仲入りで、ロビーに出て多くのお客と交流が出来た。
昨年、江戸川の銭湯寄席「東京ニューヨーク寄席」の百回記念を取材してくれた東京新聞したまち支局長の中山高志さん。今は中日新聞四日市支局に移動され忙しい中お越し下さった。その中日にも取り上げられた犬山の名物おばあちゃんDJ、たまちゃんこと佐々木珠美さんは仲良しのみのりさんと初日に。十五年程前に犬山城主成瀬家の講談を初演した際に出会って以来、定席出演の度に通ってくれているが、御年九十歳と聞きびっくり。
三年前の定席楽日の翌日、講談「後藤新平伝」を聞く会を開いてくれたのが、名古屋での後藤新平の顕彰活動「後藤新平の風」。会場で偶然、母方の大伯母で現役の都市計画の研究者でもある髙田弘子先生と数十年ぶりに再会した話は本誌でも書いた。縁は不思議な物で、髙田先生はたまちゃんとも以前から親交が。最終日に髙田先生とも再会が叶った。
「後藤新平の風」の皆様七名と、東京からご来場の伊藤さんとは、終演後に「大須亭」へ。寄席のような名前だがここは大須で一番人気の飲み屋で、鳥料理など何でもうまい。演芸場に出始めた十八~九年前、テレビ愛知の番組の打ち上げで来店して以来、名古屋に来た時には必ず寄る私のオアシス。十年前ここで隣り合わせた義原さん夫妻も今回の定席に。義原さんは市内で開催していたイオン寄席の他、横浜のにぎわい座にまで足を伸ばして下さる。大須亭の常連、小松市の横井さんは演芸通で東京の寄席や浅草にもお詳しい。私の高座も何度も聞いて下さっているから、今回は昨年から力を入れている「田中角栄伝」を読んだ。大須亭のおかみ美和さんと三人で大須商店街の名店をはしご、ご馳走頂いた。
地下鉄東山線の新栄町には「本陣」という名店があり、やはり名古屋に来る度お邪魔している。看板メニューのおでんは勿論、こちらも何でも美味しくいただける。伺う度にマダムの吉原さんがお客様を紹介下さるから、本陣ではこれまでたくさんの名刺を頂戴している。ここで働く松原さんは底抜けに明るいパワフルなお姉様で、友人知人誘い合わせて七人で来会。祝儀袋には「一番のファンより」と書き添えてあり、お気持ちが嬉しかった。
祝儀といえば、なぜか私が結婚したと勘違いをして〝結婚祝い〟を渡してくれたのは小学一年からの同級生の旧姓落合さんで、同じクラスの旧姓石川さんも連れてきてくれた。東海市役所に奉職する増山君も同級。ボランティアで近くの大須教会に通っていて、合間をぬって演芸場に顔を出してくれる。私は自ら演芸場出演案内のハガキを作成して郵送、集客に努めているから、本音を言えばご祝儀はありがたい。他にも楽屋には山のように差し入れが届いた。名古屋の郷土史を中心に出版していたブックショップマイタウンの故舟橋武志社長とは三年前の定席を見て頂いたのが最後になったが、今席は妻の美由紀さんがご両親とともに。豪華な生菓子の贈り物は演芸場スタッフにも大好評。楽屋の女性出演者達が我先にと手を伸ばしたサブレーは、私の亡き父とご縁があり、長年応援して下さる藤堂さんの楽屋御見舞だった。本来は全員の名前をお載せしたいところ。この他にもたくさんのお客様が駆けつけて下さっている。生まれ故郷名古屋の演芸場で幸せを存分に実感した。
矢崎支配人から「シャレで作りました」と演芸場御守りを頂く。幾多の苦難を乗り越えた奇跡の演芸場ゆえ御利益もあるだろうと、新生演芸場として再開から十周年記念で発売したグッズという。私は、家賃滞納で閉館をする以前の旧演芸場もほのぼのとして好きだったが、今の演芸場も大好き。演者の立場として、良い刺激があってこの上なく面白いのだ。東京・名古屋・大阪の芸が一度に見られる演芸場は他には無い。開演前に表に出ると、入場を待つお客様のわくわく感が伝わる。出番表を見ながら笑顔で話すカップルなど、旧演芸場では見られなかった光景で、スタッフの皆さんも優しく、明るい雰囲気作りに一役買っている。千葉の皆さんにも是非、今の演芸場を体感してもらいたいと思う。7月18日放送の「ブラタモリ」は大須の回。旧演芸場楽屋の化粧台裏に書かれたさんま師匠のサインがアップに。隣に「宝井駿之介」という私の二ッ目時代の千社札が映り込んでいたと落合さんからメールが。ロビーに飾られているので、こちらも実物をご覧いただきたい。
田辺鶴遊(たなべかくゆう)
名古屋生まれ静岡育ちの講談師。名古屋で芸能社経営をしていた父のもと2歳から芸能活動。大須大道町人祭など多くの催しに出演。8歳でヒゲの講談師・田辺一鶴に師事、翌年「チビ鶴」の名で上野本牧亭で初高座。東海大卒業後、講談協会で前座修業。師匠没後は一鶴の弟弟子、宝井琴梅の門下。平成27年、真打昇進し鶴遊を襲名。大須演芸場でも真打披露興行を行う。朝日新聞千葉版の読者投稿欄「千葉笑い」の五代目選者。日テレnews every.特集のナレーションを長年担当。今年芸能45周年。

