KIRACO(きらこ)

〈〈 レディ・フェリの教え 〉〉ー 小間使いマリアンネ語る ー

2026年3月5日

独断独語独り言

 初めてお見かけしたとき、フェリ様は彫像のように微動だにせず窓辺に佇んでおられました。わたくしどもはフェリ様のご本宅の隣家で、いわば別宅でございます。使用人の三人の子らが賑やかすぎ、フェリ様の繊細な感覚には少々煩わしかったご様子で、ほとんどをこちらでお過ごしでした。わたくしどもが、大切なことと大切でないことの区別もつかず、闇雲に忙しがっておりますと、短いお言葉で、ピシリと「心を鎮めよ」と仰り、静かに腕に手をかけられ「今ここに共にいること」に生きよ、と仰せられました。

 レディらしさを発揮されたのはお食事のご様子。まるで、かの「斜陽」のお母さまのように。先ずいつものご自分のお席につき、さりげなくこちらに注意を促し、次に冷蔵庫の前に移られ「ここにあるのよ」と優しく示され、さらに「わたくし、銀の匙がなければ戴けませんのよ」とばかりに、カトラリーの引き出しに誘導なさるのでした。それはそれは上品に銀(色)のお匙から掬ったお好みのクリームチーズを召し上がったものです。ジャンクフードの立喰い食べ歩きに慣れすぎた者ドモとは一線を画しておいででした。

 注意力散漫なわたくしがうっかり、じっと野鳥の観察をなさるフェリ様に気楽に声をおかけしてしまったときには、短くそして鋭くお叱りを受けました。威厳のある方の一言には万鈞の重みがございます。フェリ様の忍耐力、寛容さには実に感服いたしました。機が熟するに待つこと厭わず、の姿勢には学ぶことがおおございました。

 時にも厳格で御老公黄門様よろしく、煩い子らが寝静まる8時45分にはどんなに寛がれておられようと、すっとお立ちになり、お出ましになりました。そして子らが手習いに出かける早朝になってからご本宅に戻られるのでした。

 その頃別宅に逗留されていたパトリお嬢様と親しくお付き合いされ、心友となられたご様子。フェリ様は愛する心を持ったものを見分けられるお方でした。自分の孤独を癒したいだけのものと、愛するために愛するものは、違う心なのです。

 フェリ様ほどのフォトジェニックの方を他に存じません。カメラを向けると必ずポーズをとり美しい瞳をレンズに向けておられました。その瞳には霊感が宿っていたのです。あれはわたくしどもの身内が長距離飛行で旅立つ日。フェリ様は常になく不安気で、一刻も早く屋内へと落ち着かれず。奇しくも9月11日、こちらの心にもじわじわと暗雲が立ち込めたそのとき、角を曲がりご本宅のキャンピングカーが姿を現したのです。余程腕白なのか、彼らの帰還を予知されフェリ様半刻も前からお心が波だったようでございました。

 ご自分の才色に奢ることなく、こちらの心遣いには優しくご返礼くださり、わたくしどもの食卓を彩るべき様々な珍奇な食材を施して下さいました。が勿体なくも有り難すぎ、そのたび丁重にご辞退申し上げました。

 可憐なお姿ゆえ、悪漢に目をつけられ高所に追い詰められること屡々ございましたが、わたくしども、押っ取り刀で駆けつけました。それでもご自分を守るものは、ご自身の賢さと注意力であることを弁えておられました。

 ご一緒に過ごさせていただいた日々がひと昔前になった今でもしみじみ思うのです。わたくしどもは共に生きるに必要なことのいろいろを、随分フェリ様から教えられました。どんな時も誇りと礼節を失わぬこと、笑顔を忘れず、そして大切なことは選んだ言葉できっぱり短く伝えること。叶わぬ時には躊躇わず人の助けを求めること、しかし、初めに自助努力ありき、と。

 今は亡きフェリ様のお教え、肝に銘じて参ります。

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