七月、我が家の放蕩猫フロッキーは10歳になった。人間でいうと還暦前後らしい。駆け抜ける生命の時間の速さにすでに胸を締め付けられる。毎日をいっしょに、大切に生きようね。人は時間が永遠にあるような錯覚に囚われる。時間は永遠かもしれないが手持ちの時間は限られているのに。かけるべき言葉、言うべきことを意地になって飲み込んだり、わざと背中を向けてみたり。そんなふうにだいじな時間を、砂時計のように何度でもひっくり返しリセットできると思っているのは不思議だ。
猫は環境が変わると暫く緊張と不安から隅に隠れたりするそうだが、フロッキーは生まれながらにして大胆不敵な猫だった。我が家に到着、カゴから飛び出し即、餌をカリカリ、隅々まで探検を始めた。それにしても悪魔の知恵とも言えるほどの狩と闘争の戦略を、彼はどうやって身につけたのだろう。典型的なラグドールって、いったいなに?
ところで、犬(年)も歩けば棒に当たる、私はどうも人より多く様々な現場に出くわすようだ。枝にぶら下がった毛皮のような赤リス。ノスリに襲われ一瞬に命を落とした白鳩。市街地では極めて珍しい丹頂の青ゲラ。サハラ砂漠の風に乗ってきた超高速の蝶の群舞。ベランダで目が合ってしまったシマエナガ。目の前から飛び立った雉子。そして放蕩猫の犯行現場。
ある日、隣家の門の辺りにアカ猫がいた。距離にして30mほどだろうか。そこへ大きく円弧を描き背後を回って放蕩猫が猫撫で声を出しながら近づき、2mほどうしろに香箱座り。求愛の声かな、と思った。アカ猫は身を固くしてしばらく警戒していたが、やがて寛ぎ身繕いを始めた…と、その瞬間、猛禽の勢いでフロッキーが飛びかかった。陰陽の勾玉のようにくんずほぐれず、二つの毛玉は猛スピードで姿を消した。
フロッキーは近所では最大の猫で、筋肉の塊のような6kgの身体はものを言う。去年、新参者の大柄で無礼なキジ虎が領主フロッキーの縄張りを荒らし始めた。このキジ虎、妙に愛想がよく、洗濯物を干しているとすり寄ってくるし、移動にも脚に絡まりついてくる。フロッキーに見つからないようにね、というとニャアと返事をする。しかし、あろうことか領主のお食事処にまで平然と入り込みカリカリポリポリやっていたようだ。ちょうど玄関を出たところで侵入者と鉢合わせ。そこへのんびり帰宅したフロッキー。キジ虎は「やんのか!」ポーズで唸り声を上げ始めた。(無責任に)興味津々で眺めていても、どちらが怖がり、どちらが威嚇しているか不明。領主は一瞥もくれず「あっち向いてホイ」ポーズ。どこかでみたような。そうだ、これはまさに達磨さんが転んだ!そのもの。唸る無礼者を一顧だにせず、悠然と静止画像のまましかしジリジリ確実に移動。と、キジ虎が緊張を解き動いたところへ急転回、猛然とダッシュして襲いかかった。キジ虎の唸りは怯えだったのか。フロッキーの猛追を振り切りキジ虎は垣根を越えて逃げていった。その後全く姿を見ない。それにしても絵に描いた餅、猫の本の猫。種の特性も、挙措もことごとくハズレ。どう見ても本によれば威嚇していたのは侵入者。穏やかで動くのが嫌いなラグドールって、だれ?
しかしフロッキーといえども常に無傷ではいられない。一度後脚の肉球をやられた咬み傷が腫れ上がったことがある。包帯ぐるぐるの半分長靴をはいた猫になってしまった。が、マヌカハニーのお陰でじきに完全復活。
百戦錬磨常勝の放蕩猫、唯一の弱点はおフロである。仔猫の頃、真夏の強烈な逆光に惑わされ羽虫の群れ追い池に見事な大ジャンプ。以来、水は飲むに限ると決めている。
放蕩猫の朝帰り。メシ、フロ、ネルの態度だが、フロだけは御免被る、だそうだ。
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