KIRACO(きらこ)

Vol158 鶴遊の下町日記

2022年11月10日

一鶴遺産

総武線平井駅北口、平井五丁目の「スナック虹」は、コロナ禍の営業自粛に、細野泉ママのご病気も加わり、長らく休業状態だった。先日、久々にお邪魔すると、偶然にも営業再開の初日。待ってましたといわんばかり、平井の紳士淑女が大勢駆けつけた。二ツ目時代、はとバスの講談師と行くツアーに乗車。目的地への途中、車内で「平井という町に居りまして」と話すと、「あら、私もよ」と声を掛けてくれたのが、永喜多依子さん。頭にお洒落な布をターバンの如くに巻き付けていらしたのが印象的、それもそのはず、舞台衣装などを手がける先生だった。永喜多先生が公私ともに付き合いがあったのが虹のママで、私は、自然とお店に伺うように。先生は、お店ではハナちゃんというあだ名で、お客にも関わらず、なぜかスタッフのような手伝いっぷり。これは、一人で切り盛りするママの体を心配しての事。私がカウンターに座ると、ハナちゃんはいつもそっと、お小遣いを握らせてくれた。泉ママには、先日も高級な赤い生玉子を2パック、お土産に持たせてくれるなど、こちらも、毎度色々とお気遣い頂いている。ママと先生のお声掛けで店の常連さんもご一緒に、私の会や、真打披露にも足を運んで下さるようになった。国立演芸場で開いた芸術祭参加公演には、もののけ姫の、米良美一さんからお花が届いた。米良さんの衣装担当だった永喜多先生が、若い講談師に箔をつけてあげようと頼んで下さったのだ。「スナック虹講談会」も何度か開催。平井の町は、亡き師匠一鶴を覚えていて下さる方も多く、私が演じる「東京オリンピック」にたくさんの拍手をしてくれた。私にとっては、大のご贔屓の一人になって下さった永喜多先生だが病に倒れ、ここ数年は虹でお会いすることも無かった。ママによれば、一年ほど前に亡くなったと、先生の妹さんから連絡があったそうだ。もし、私のような者でも、手を合わせに伺う機会が頂けたなら、有り難いと思う。
 
10月5日は浅草、浪曲定席木馬亭。この日は、百歳になったばかりの現役最高齢芸人、曲師の玉川祐子師匠がご出演。楽屋でご挨拶が叶った。祐子師匠といえば、いつも煮玉子を楽屋に差し入れされる。これは師匠が、出番の日の朝、必ずお作りになる逸品。以前も書いたが、私はこの煮玉子が大好物で、人生最後の晩餐で食べたい物の一つだ。全国各地、様々な煮玉子、燻製玉子を食べてきた私にとって、ナンバー1の味。私が楽屋入りをすると見るや、前座さんが「今日は、玉子があります」と耳打ちしてくれる。百歳になった師匠が手ずからの煮玉子を、頬張る事が出来るこの幸せ。出番前に二個、出番後にも二個を、頂戴。おかげさまで、この日の私の高座は気合い十分で、「蜀山人」の一席を口演した。

大田直次郎こと蜀山人は江戸の狂歌師。一鶴が、若い頃から晩年に至るまで、試行錯誤を続けていた読み物であり、師匠の没後、いつかは挑戦したいものと思っていた。数年前、「千葉笑い」の選者を仰せつかり、自分の中で狂歌や都々逸など笑文芸に、より一層の興味が湧いてきたのだ。「蜀山人」は、講談、落語と共通する演目で、複数の演者の台本や録音の他、研究書の類いに至るまで資料を収集。比べてみると、師匠の作った台本の構成が、他の演者よりも抜きん出ていた事がわかる。師匠のやり方を参考に、自分なりの講談に仕上げた。このところ、甘酒横丁や浅草の見番などで、イベント出演が続いたが、どこで演じても、狂歌はお客さんの反応が良い。日本橋・浅草はもとより、現在住まいをする平井・小松川地区、私の故郷の静岡・名古屋、果ては京・大坂・長崎に至るまで、全国各地に狂歌を残していた蜀山人。一鶴も、複数の講談本等を活用していたが、その中の一冊には、蜀山人が、八幡の藪知らず・鋸山・館山北条など、千葉県各所を訪ねて詠んだ狂歌がいくつも登場している。千葉県内で公演の機会があれば披露をしてみたい。久しぶりに、一生モノの講談に出会えた気がする。今後も口演を重ねて、工夫を続けていきたい。

ヒット曲「他人船」でおなじみ小野由紀子さんには、芸能人による募金活動「あゆみの箱」の役員としてご一緒して以降、講談会へのゲスト出演等、何かとお世話になっている。「浅草21世紀10月公演」に小野先生が友情出演し、珍しく木馬亭の客席で見学。小野先生とはご昵懇の元NHKアナウンサー・葛西聖司さんが、11月23日木馬亭での「田辺鶴遊講談会」にゲスト出演して下さる事に。葛西先生と言えば、大河ドラマや澪つくし等のナレーション、数多の番組の司会者として知られるが、現在は、歌舞伎など、古典芸能の解説者としてご活躍。葛西先生と初めてお会いしたのも歌舞伎座のロビーだった。放送、芸能の裏話を対談で。講談は勿論、浪曲・漫談・漫才と話芸競演の夕べに乞うご期待。

田辺鶴遊(たなべかくゆう)

名古屋生まれ静岡育ちの講談師。幼少期から芸能活動。東京初舞台は木馬亭。8歳で、新作講談「東京オリンピック」で一世風靡したヒゲの講談師・田辺一鶴に師事。平成14年、師匠が住む江戸川区平井で前座修業開始。師匠没後は宝井琴梅門下。平成27年真打。朝日新聞千葉版笑文芸投稿欄「千葉笑い」選者。元公益社団法人あゆみの箱常務理事。

<出演予定>問い合わせは・・03-3681-9976(みのるプロ)

◎11月23日、浅草・木馬亭、18時20分~「田辺鶴遊の会・話芸競演バラエティ」木戸銭・3000円(予約料金・税込・自由席)、対談ゲスト・葛西聖司(古典芸能解説者)、神田菫花、田辺凌天、宝井小琴、東家一太郎&美(浪曲)猪馬ぽん太(漫談)他。

◎12月14日、タワーホール船堀、18時半~「江戸川芸人大集合」談幸・菊太楼他。

◎12月26日、両国亭、昼「年忘れ!午年五人男」芸種違い同い年の五人の芸人が集合。